稀記

坂口美紅です。

蛍光のシミでうやむやにした贅沢。

朝コンビニへ立ち寄ると、

安い肉まんは加熱中。

落ち込みはしたけれど、高い肉まんを食べてみる運命だったのかもしれないと思った。

カラシを付けてもらう。いつも付けないけど一つ付けてもらう。

 

誰も居ない駅の待合室、こんな所ですみません。

とてもお腹が空いていることを理由に口へ運ぶ。

一口目で、鼻先にカラシの矢がジャストミート。ツツーンと貫いた。

高い肉まんは、551に比べれば独特じゃないが、皮は厚くてなにしろ美味しかった。

 

初めて知った、

肉まんに、カラシ一つでは足りないって事。

 

それから、不慣れなカラシは白い上着

ペチャっと付いてしまった。

あー、

まあでも、美味しいし、しょうが無かったかな。

カラシを拭き取った跡は思っていたより黄色い

 

待合室に、おばあさん2人が入って来た。

知り合いでは無いらしいが、お話をしている。

「駅のアナウンスは録音なのか録音じゃないのか」について

 

早いとこ肉まんを食べきってしまおう。

残りを急いで口に入れた。

 

「お姉さんはどう思う?」

 

!!

もごもご

ごくん

 

「……録音だと思います。」

 

駅員さんは大変、給料は幾らだろう、退職金は多いらしい。お金は大切にね、無駄使いせずに、この国の税金の使い方はどうなってるんだ、お姉さんはこの辺で有名になって、皆を引っ張って、良い政治家になってね。年金を払っても、お葬式に5万しか貰えないのよ、私の友達がそうだった、お姉さん、良い政治家になってね

 

学生さん?、親御さんも大変でしょう、私達は貧しかった、勉強したくても出来なかった、食べ物も無かった、小学六年生の時お使いに行った先で玉ねぎを貰った、母がとても喜んでいた、食べるものが無かったから、最近の人は贅沢で、お金が溜まったら旅行に行くらしい、

 

そういう話

 

私は黄色いシミを隠した。

初めから相手に見えてはいなかったし、

特に旅行に行く予定も無いけど。

 

 

お姉さんは、何か部活してるの?

 

 

5秒間、あーーという声と共に嘘をついてしまおうかと考えていた。冷静に、

冷静に、運動部に見えるものを持っていないか探していた。

 

人生で一番長い、あーーだった。

 

演劇を、しています。

 

嘘を言う勇気の方が無かった。

今思えば別にこれは部活でもないよな

 

それはそうと、こんな前振りあるのか!

全然政治家に向かって進んでないです私!!

ましてや誰も待っていない所を進んでいます、そう、別に誰も待ってやしないんです。

 

全世界の父母に改めて感謝していた最中です私…!!

 

 

「芝居?」

 

 

 

 

 

 

 

「良いわね。」

 

 

良いわね?

 

良いわね!

 

お姉さん、いやぁー、凄く良い顔してる、帽子取ったら全く別人になるし、気付かんわ、あなた向いてるわ、役者向いてると思う、見て、凄く良い顔してるわぁ、眼鏡してても良い顔よ、分かるわ、頑張りなさい、応援するわ、頑張ってね、

 

なんかもう帽子も眼鏡もめちゃくちゃ恥ずかしかったけども、、

 

 

そうしてひとしきり褒めて貰った後、おばあさん達は「もうそろそろだから」と待合室から出ていった。

 

 

通り雨、スコール、嵐、

 

肉まんを買った時からこの嵐が来る事は決まっていたんだ多分。

 

なんだか分からないけど、

無駄使いをしないで、時たま、この高い肉まんをまた食べなくてはならない気がした。

この高い肉まんは、ただの高い肉まんでは無くなってしまった。

つまり、娯楽肉まんでは無くなった。

 

 

 

実は、今日は高い肉まんと一緒にチョコレートも買ってしまいました。

 

 

 

 

雨が降ってる

 

もう誰も居ないその部屋から出た私は、

次の電車を待ちながら、蛍光に光るシミをゴシゴシと擦った。


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